コラム

日記をつける、日記を読むコラム 第一回:金川晋吾さん

こんにちは。日記屋 月日の久木と申します。
2020年4月にお店がオープンしてから、もうすぐ一年半が経とうとしていますが、お店が「踏ん張ってこれて」本当に良かった。こんな単純なことしか言えませんが、今、そんな気持ちです。支えてくださっている皆様、本当にいつも、ありがとうございます。

お店もようやく、輪郭がはっきりしてきたところです。「ないお店」だったものに肉付けしていく作業は大変ではありますが、振り返れば、やはり楽しいものでした。
訪れたお客さんから、ここって何屋さんなのですか? 本屋さんですか? という質問は、今でも受けますが、私たちは日記の魅力を広める拠点、「日記屋」です。
拠点なので、ここに何かが「集まってくる」ことにも期待しています。

これから具体的に、本格的に、日記の魅力について発信しようではないかということで、日記屋 月日の「コラム」がスタートします(名称は途中で変わる可能性があります)。

ここでは、日記をつけることや日記を読むことについて、じっくりと考えてみる/日記に想いを馳せる時間を皆さんと過ごせたら、と思っています。
コラムを書いてくださるのは、主に、日記屋 月日が運営する「月日会」のメンバーです。
(「日記についての文章を書いたので、載せたい!」という方も、これから少しずつ募集する予定ではあります。)

さて、記念すべき第一回目に寄稿してくださったのは、写真家の金川晋吾さんです。

それでは、どうぞ。

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「他人と日記を共有すること」

「日記を読む会」という会を不定期でおこなっています。固定のメンバーがいるわけではなくて、毎回参加を呼びかけておこないます。各自が日記を持ち寄って、自分が書いた日記を声に出して読んでいくという会です。ただひたすら日記を声に出して読んでいくというわけではなくて、自己紹介をしたり、自分と日記とのかかわりなどについて雑談もします。

 日記を読む会は2019年の4月に「クラウトラウム」という新宿区にあるギャラリーで最初におこないました。クラウトラウムはディレクターの下山さんが普段は生活している部屋でもあります。展覧会やイベントが開催されるときにはテーブルやイスが片づけられて、ギャラリースペースとして使用されます。なので、会期中は下山さんはギャラリーで生活をすることになり、展覧会を観に行く人は下山さんの部屋にお邪魔することになります。 

 ウェブサイトにも住所は載っていなくて、メールでの事前予約制になっています(プライベートな空間をパブリックに開くことには不安と開放感の両方がくっついてくるんだろうと思います)。全然知らない人がふらりと訪れることはできないようにしているわけで、そういう意味では完全にパブリックに開かれているわけではなく、プライベートであることが保持されてもいます。下山さん自身そのことは意識していて、クラウトラウムを「ある程度は閉じ、ある程度をひらく場所」だと言っています。

 下山さんからクラウトラウムで何かワークショップかイベントみたいなことをやりませんかと声をかけられたときに、日記を読む会のことを思いつきました。他人の日記を読むことや自分のことを他人に語ることにはそもそも関心があったのですが、クラウトラウムという場所がそういうことを思いつかせたというのはあったと思います。

 日記を読む会の参加者は、クラウトラウムという場所の性質上、私や下山さんの知り合いが多く、何か作品をつくっていたり編集の仕事をしていたりする人がほとんどだったのですが、公務員をしている面識のない男性が一人いました。その公務員の男性が読んでくれた妻への感謝を綴った日記がとてもよくて、そのときはまだ妻ではなくて彼女だった女性に会いに行くために栃木まで行ったが、街を歩いていたら迷子になってしまい、とても心細くなっているときに見つけた焼き肉屋の灯りにとてもほっとして、そのあと彼女が自転車に乗って笑顔で迎えに来てくれてとてもうれしかったという話が、その男性の声の印象とともに心に残っています。「ミコ」という女性の名前を男性が口にするたび、私は心を動かされたし、それは他の参加者も同じだったようで、後でみんながそのことを口にしていました。

 書いた本人が声に出して日記を読んでいる場に居合わせるという経験は独特で、この「よさ」が何なのかはよくまだわかっていないのですが、ある種の距離やよそよそしさを保ったまま、普段は外に出てきていない、「内側」に存在していると思われている他人の言葉に直接ふれることができる(ような気になる)、そういう経験なのではないかと思いました。

 日記を順番に読んでいくのはとても心地いい時間だったのですが、それを数回繰り返すと、けっこうな疲労を感じていました。その日記はそもそも他人に向けて書かれたものではないわけで、そこには不安がどうしてもつきまとい、緊張感も伴っていたのでしょう。

 ただ、実際に声に出された日記を聴いている側からすると、「この日記はそもそも他人に向けて書かれたものではない」という実感はまったくなく、「そもそも日記というものは書かれた時点で、すでにそこには他人の存在が含まれている」という実感のほうが強かったです。

 日記を読む会の経験がとても面白かったので、私はいろんな人が自身の日記を朗読している声を録り集めて、それらをまとめた音声作品を作り、この8月に展覧会で発表しました。日記を読んでくれる人に会って、それぞれの日記を見せてもらい、話を聴き、朗読を録音する経験はものすごく興味深くて面白かったのですが、展覧会で発表した作品は、私が日記を読む会や日記の朗読を録音するなかで経験したこととはどこか乖離があるというか、自分が面白いと思ったことを拾い切れてはいないように思いました。他人と日記を共有することには、自分と他人との境界を揺るがすような危うさがあると思っているのですが、それが作品になったときにはどこかに行ってしまっているように感じました。内容的にも形式的にももっといろいろと試せることはありそうなので、日記の朗読についての作品制作は続けたいとは思っているのですが、その一方で、そもそも金川晋吾というの作家の作品として鑑賞者に経験してもらうというありかたが少しちがったのかもしれないという気もしています。

 11月にクラウトラウムで開催されるグループ展「言葉でもなく、イメージでもなく、」に参加するのですが、作品は展示せずに、日記を読む会を会期中に何回かやるということを今のところ考えています(考えは変わるかもしれませんが)。ある程度閉じていることと閉じ切ってしまうことは全然別のことであり、閉じているからこそ開かれていくことがあるということ。これは開くでもなく閉じているでもない曖昧な状態をただ言葉にしているだけかもしれませんが、こういう曖昧さを受け入れる場所に私は魅力を感じているのだと思います。そして、この「月日会」もそういう場所ではないかと思っています。

金川晋吾(かながわ・しんご)
写真家。1981年京都府生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。作品集に『father』(青幻舎、2016年)。三木淳賞、さがみはら写真新人奨励賞受賞。近年の主な展覧会に「他人の記録」(旧神谷伝兵衛稲毛別荘、2021年)「同じ別の生き物」(アンスティチュ・フランセ、2019年)、「長い間」(横浜市民ギャラリーあざみ野、2018年)など。

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-日記屋 月日会のメンバーを募集しています-
「日記屋月日会(通称:月日会)」は、日記が好きな人たちが集まり、その魅力を味わい、ひろく伝えていこうという集まりです。

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・日記を読むのが好きな人
・日記の魅力をもっと知りたい、味わいたい人
・自分の日記を本にしてみたい人
・日記の魅力を伝える「日記屋 月日」の活動に興味がある人

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